ここに訳出した記事、『The Great White Way』は、NPCさんによって既に翻訳されています。http://web.archive.org/web/20071006005244/http://members.at.infoseek.co.jp/braingeyser/03/0206a.html
 原文、NPCさんの翻訳、ともに発表から長い年月が経っていますし、またカラーパイに関する文献も増えましたので、ここに新たに訳出するのもきっと了承していただけるだろう、と期待している次第です。

≪白光満ちる大通り――白は「善良な」色か?≫
原題:The Great White Way ―― Is white the "good" color?
Mark Rosewater
2003年2月3日
http://archive.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr57
【ニューヨーク市マンハッタン地区は舞台街、ブロードウェイの愛称の一つに「The Great White Way」がある】

 白の週間へようこそ! 数ヶ月前に我々は緑の週間を設けた。その時私のした約束は、同等の形式の五つの「色の」週間、これはその最初のものになるだろう、というものだった。今週はそのシリーズの第二週であり、白の週間だということだ。前回行なったのと同様に、このコラムでも色のフレーバーと哲学に関する疑問に焦点を当てていくつもりだ。
 緑のコラムで明言したことだが、マジックというゲームの中心はカラーホイールに支点を置いていると私は考えている。このリチャード・ガーフィールドによる独創的な革新は、ゲームのメカニクスとフレーバーを結びつける箇所と言える。そう、機能と雰囲気は共存可能なのだ。ちょうど我々にはルールを研究するルール・グルがいたため、私はフレーバー・グルの一員として膨大な時間をかけ各色のフレーバーを詳らかにしてくることができた。今日のコラムを通じて、白色の複雑さと豊かさを幾ばくかでも詳論できればと思う。

●どなたかパイが欲しい人は?
 カラーホイール上での作業を通じて、我々はマジックの五つの色それぞれに関して以下の問いを設定した。

・その色の関心事は何か? その色にとっての最終目標は何か?
・その目標に到達するために、その色はどんな手段を用いるか?
・その色の関心事は何か? その色が表象するものは何か?
・その色が軽蔑するものは何か? その色を否定的な方向に駆り立てるのは何か?
・その色が友好色を好み対抗色を嫌うのはなぜか?
・その色の最高の長所と最大の欠点は何か?

●その色の関心事は何か? その色にとっての最終目標は何か?
 各色の哲学はそれ自身が欲するものに強く固定されている。各色は努めて世界を、自身が信じるようなあるべき姿へ変えようとする。それでは、白が最も価値を見出すものは何か? 調和である。白は世界が皆にとって円満に過ごせる場であってほしいと思っている。白は共同体に喜びを感じる。白は全体にとって最良のものを欲する。白は全員を注意深く見渡す。白が最上の幸せを感じるのは、誰もが自分の役割を分担しつつ他人と協調しているような、完璧で理想的な世界においてである。白の究極の目的は、平和だ。
 少し脇道に逸れるが、白と「善」の概念に関して述べておこう。善と悪は人々が用いるレッテルであり、その人の価値観を推奨するか非難するかを表わすためのものだ。ある物事がその人の信仰の土台となる価値観を後押しするならば、それは【その人にとっては】善である。逆にある物事がその人の信仰の土台となる価値観を脅かすならば、それは【その人にとっては】悪である。マジックにおける各色は、自身が探究する物事に対して確然的信仰を抱いている。したがってどの色も自分自身を善と見なし、また対立する敵を悪と見なすのだ。
 多くの人間は全世界共通の信念をいくつか共有している。例えば、人の命を奪うことは間違っている、といったようなものだ。白の教義の中には、このようなある種の普遍的な人間の理念を伴って列挙されるものがある。このことから白は「善」の色であると時として見なされがちだ。だが、白は本質からして善と悪のどちらでもない。マジックの他の色と同様に、白は「善」とも「悪」とも分類されうる物事を当然行なうし、またそれに対する意見が人々の間で一致しないこともありうるだろう。生命の維持はまさに白だ。君たちのほとんどが、おそらくこれを「善」として分類するはずだ。国家全体主義もまた、白そのものだ。君たちのほとんどがおそらく、こちらは「悪」として分類するはずだ。
 私がこれに言及したのは、白黒の対立を善悪の対比から区別することに重要性を見出すからだ。道徳と超道徳、光と闇、清純と堕落。白黒の対立は多くの様相を呈するものだが、「善と悪の対比」はあまりにも主観的に過ぎ、適切に用いることができない。試しに白黒の対立項目の一つである、集団の利益と個人の利益を取り上げてみよう。この対立は【東側諸国による】社会主義と【西側諸国による】資本主義の対比に当て嵌まる。資本主義は黒側の主張だ。資本主義は本質からして悪だろうか? 私はそうは考えない、もっとも私に反対する人もいることは分かっているつもりだが。黒に関してはその「善」の一面も含めて、黒の週間を迎え入れた際に改めて話そうと思う。

●その目標に到達するために、その色はどんな手段を用いるか?
 白は自分自身の救済だけでなく、世界全体の救済にも関心を寄せている。これは気の折れそうな使命だ。如何にして平和を創り、なおかつそれを維持すると言うのか? その回答は、構造を通じて、である。厳格な規則と戒律を設けることで、白は確実に物事を制御下に収めることができる。白はこれらの法を、二つの別個の領域に拡張する。
 第一は道徳的な法だ。白は道徳が確然して存在していると考えている。正当なものがあれば、誤ったものもある。個人は道徳的に正当なことをするように義務付けられている。だが白はそれで終わらない。個人は道徳的に誤ったことを止めさせるようにも義務付けられている。白のこの領域における熱意は、宗教を駆使するまでに至った。
 第二の白の「手段」は公民的な法だ。規則を制定すれば、より重要な集団の善に対して個人が不満を抱かないよう予め手配することができる。白の信念では、社会の利益は各々の個人の権利よりも優先されるべきものだ。白の創る法は、集団が保護されることを保証するのに一役買っている。白のこの領域における熱意は、政治と司法の制度を駆使するまでに至った。
 こういった規則を制定し遵守しようという願望が、白のメカニクスの多くを定義している。白の防御的な天性は、色の至る所に見受けられる。《ジェラードの知恵 / Gerrad’s Wisdom》【白のソーサリー。手札の数の二倍のライフを得る】のようなライフ獲得、《練達の癒し手 / Master Healer》【白のクリーチャー。タップでダメージを4点軽減できる】のような治癒、《無視 / No Pay Heed》【白のインスタント。ターン中の発生源一つのダメージを軽減】のようなダメージ軽減、《懲罰 / Chastise》【白のインスタント。攻撃クリーチャーへの単体除去】のようなアタッカーへの除去、《護法スリヴァー / Ward Sliver》【白のクリーチャー。すべてのスリヴァーに選ばれた色のプロテクションを与える】のようなプロテクション、《崇拝 / Worship》【白のエンチャント。クリーチャーをコントロールしている限り、ダメージによってはライフが1点未満に減らなくなる】のような防御エンチャント、《啓蒙 / Demystify》【白のインスタント。1マナのエンチャント単体除去】のようなエンチャント除去、などだ。昨年は白い組織である研究デザイン部が、白の中核のフレーバーに密接に結び付いたメカニクスを発見することで、白におけるカラーパイの拡張を実現してきた。最も実り豊かな領域は、この色の「規則を作る」部分だということが判明した。こうして我々は税制と規則制定の両方のエンチャントを白へと移動させた。前者は≪プロパガンダ / Propaganda≫【青のエンチャント。対戦相手のクリーチャーが自分を攻撃する際に2マナの支払いを要求する】のような、対戦相手が代償を支払うまで妨害し続けるタイプの呪文であり、後者は≪水位の上昇 / Rising Waters≫【青のエンチャント。各プレイヤーは土地を2枚までしか起こせなくなる】のような、ルールを変更することでプレイヤーの行動の幅を制限する全体エンチャントである。この移行はオンスロートから慎重に開始されたが、今後のセットではさらに強化されていくだろう。
 白のもう一つの防御的な部分は、平等を頼りにしている点だ。白は盤面を仕切り直す能力を有しており、そのため双方に等しい条件を突きつけることが可能なのだ。これが根拠となって、≪神の怒り / Wrath of God≫【白のソーサリー。全クリーチャー破壊】や≪ハルマゲドン / Armageddon≫【白のソーサリー。全土地破壊】のような呪文が白のフレーバーに宛がわれている。加えて、白には攻撃的な側面がある。白は規則を破った者を率先して処罰する。白はその組織的な技能を用いて軍隊を作り上げることができる。その個々の手駒は小さなもので、このあたりの事情から小型クリーチャーを頼っているのだが、全体としては互いに一致団結した部隊を形成している。白のクリーチャーの能力の多くは、例えば先制攻撃、≪弩弓歩兵 / Crossbow Infantry≫【白のクリーチャー。タップで戦闘クリーチャーに1点ダメージを飛ばせる】のような「レンジストライク」、ダメージ軽減、≪天使の従者 / Angelic Page≫【白のクリーチャー。タップで戦闘クリーチャーに+1/+1修正を与える】のようなクリーチャー強化、これらの能力を活用することで、クリーチャーは協同してより効率的に動けるようになる。さらに付け加えると、白は≪栄光の頌歌 / Glorious Anthem≫【白のエンチャント。自軍全体に+1/+1修正】のような、小型クリーチャーの一団を強化するには最良の呪文を擁している。
 白は環境を制圧することでゲームに勝利する。つまりまず防御の構えを取り、その後に敵の脅威を止めるための対処法となる手段を使う、というわけだ。ひとたびそれらの脅威が抑え込まれれば、白の軍団は勝利を収めることができる。時として白はその積極的な攻撃を、先制防御の機動作戦に用いることもあるだろう。この戦略は「白ウイニー」として広く知られている。

●その色の関心事は何か? その色が表象するものは何か?
 自然の緑と人為の青とに挟まれているため、白はまさに均衡であると言えよう。白は過去に価値を見出す重要性を理解しているだけでなく、未来に向けて計画を練る重要性をも知っている。他のどの色よりも頻繁に、白は象徴を活用する。加えて白は文明の色である。このことから白が表象する物事の一覧は、他の色よりもいささか長いものとなった。
 秩序。清純。宗教。文明。構造。法。名誉。構築。道徳。政治。勇気。楽観。防御。戦略。騎士道。忠誠心。協調。軍隊。自己犠牲。誠実。光。組織。共同体。医学。

●その色が軽蔑するものは何か? その色を否定的な方向に駆り立てるのは何か?
 白は自らの法に則っている。したがってこれを遵守しない者を見過ごすことは決してない。白はそのような不服従を非常に厳罰に検討する。白が言わんとする意図は「法を破った暁には償っていただく」というものだ。
 これが白の積極的な側面の生じるところだ。白の考えでは、悪党だと見なせる者を阻止するに足る道徳的あるいは市民的な権利を自分は持っている。白はこの手の攻撃は先手として打たれた防御であると考える。もし白が悪党を排除できなければ、彼らは後になって白の生活のあり方を壊しに舞い戻ってくるだろう。

●その色が友好色を好み対抗色を嫌うのはなぜか?
 緑には、白は共同体の重要性を理解する友好色の姿を見出す。すなわち全体の利益は個人の利益よりも重要であると考える。また青とは違って白は、文明を自然に混ぜ合わせた農業生活を営むことが可能だと言えよう。
 青には、白は自制の重要性を理解する友好色の姿を見出す。白と青は両方とも計画と修養に価値を置いている。青は規則の必要性を認識しているし、また長期的に物事を考えるための忍耐強さも備えている。
 赤には、白は公民的な法に敬意を払わない対抗色の姿を見出す。赤は自分の欲する物事を行なうが、そういうときはどの場合も、赤が混沌を作り出したいと思うときだ。これは白が心から欲して止まない秩序に真っ向から反抗する。もし赤が我が道を貫けば、無政府状態が地上に行き渡ることになるだろう。白が自身の平和を持とうとするなら、赤は破壊されなければならない。
 黒には、白は道徳的な法に敬意を払わない対抗色の姿を見出す。黒は自分勝手にも、個人の必需品を集団の必需品より優先させる。そして、このように各人が他の何よりも一身上の必要に重きを置こうとすること、それよりも危険なものは他にないだろう。黒は危険な悪性腫瘍であり、破壊されないければならない。

●その色の最高の長所と最大の欠点は何か?
 白の最高の長所は、法を作りそれを強いることができるという能力だ。もし白が自分の規則を君に宛がうことに成功すれば、対戦相手は取り入る隙を見逃すだろう。この構造の欠点は、非弾力性にある。白は迅速に改良して周囲に適応するという能力を備えていない、というのも、白はまさに自分のやり方を広めようとしているからだ。加えて、白はあまりにも集団に焦点を当てているため、しばしば個人の視点を見失いがちだ。

●白い騎士団【White Knights:アメリカの映画。邦題「ホワイトナイツ/白夜」】
 研究デザイン部がカラーホイールに関して討論する際に、我々は雑誌から絵を切り抜いてそれらを壁に設けられた巨大なカラーホイールに貼り付け、各色についてどのように見ているかを互いに説明しあった。この項目が最も物議を醸すと緑の週ではっきり示されたので、当然、私は今回もこれを書かざるを得なかった。以下に挙げるのは我々が白の登場人物だと見なしたものだ。
 スーパーマン【Superman:DCコミック社の漫画のヒーロー】――漫画研究会では「ボーイスカウト」として知られる彼は、常に、常に規則に従って行動している。彼は非常に強い道徳的な性根を携えている。加えて、自分の主な役割の一つが他者を守ることだと彼は感じている。これらの行動は全て、非常に白いと言える。
 アーサー王【King Arthur:6世紀頃のイギリスに実在した君主。後世の創作に脚色されて(?)よく出てくる】――アーサーの主要な行動計画は、臣民を助け保護するだった。彼もまた強靭な道徳的慣例を持っており、それが彼の行動の指針となっていた。そして彼は構造を最大限に利用することで、こういった保護を打ち立て維持した。
 マージ・シンプソン【Marge Simpron:アメリカのアニメ「ザ・シンプソンズ(The Simpsons)」の登場人物。シンプソン一家の母親】――我々の行なった中で楽しかったことの一つは、シンプソン一家の面々をどこに配置するか決めようとした、というものだ。議論を数回重ねた末、マージは最終的に白に置くということでまとまった。彼女は一家の道徳の中心だ。彼女とリサ【一家の長女】だけが良心に従っているように思われる。彼女は自分よりも良心を重要視し、家族に構造を提供しているのだ。そして彼女は自己犠牲になるほどまでに保護的でもある。
 艦長ジャン=リュック・ピカード【Captain Jean-Luc Picard:ドラマ「スタートレック」シリーズの登場人物。艦を指揮する大佐】――惑星連邦は非常に白い組織だ。連邦は道徳的核心を有しているし、自身の規則を崇敬して止まない。ピカードは連邦へ奉じる優秀な兵士だ。彼もまた強い道徳的羅針盤を持ち、その眼前に開かれた規則によって部下を指揮している。ピカードは構造を持っている。そうであるからこそ彼の娯楽は、他の文明の構造を研究するという考古学なのだ。
「ウォッチメン」のヴィラン【DCコミック社の漫画「Watchmen」に登場する悪役を一括してヴィランと呼ぶ】――ネタバレ注意――もし「ウォッチメン」を読んでいないなら、この段落を読むのは止めるべきだ、そしてその替わりに、グラフィックノベルのコピーを買いに出かけるべきだ。「ウォッチメン」は漫画作品としては最高傑作だ――私見だが、考えを変えるつもりはない。これは非常に良い作品だ。よろしい、では、今ここを読み進めている君たちは皆、「ウォッチメン」を読了したということで、相違ない、と。未読の者にとってはここが最後の機会だ、つまり、ネタバレで全てを台無しにされるのを防ぐための。さて――オジマンディアスこそが、白のヴィランの典型的な一例だと言える。彼の動機は非常に純粋なものだ。自分の行動が世界を全体としては救うことになるはずだ、と彼は信じていた。そして彼は少なくとも、全体のより大きな利益のためならば、いくらかは犠牲にせざるを得ないと考えていた。これが証明しているのは、白の登場人物が必ずしも善人であるとは限らない、ということだ。思い出していただきたい、私はマジックのカラーホイールについて話をしているのだが、【だからマジックに関連付けて話を戻すと、】白のヴィランが黒のヴィランと区別される分水嶺は、次の事情にある。つまり、黒のヴィランは自分が【社会通念に反するという意味で】邪悪なことをしているという自覚を持っているのに対して、白のヴィランは自分が【社会全体にとって正しいはずだという意味で】善良なことをしていると信じている、という事情だ。

●白い影【原文では「A Paler Shade of White」。イギリスのロックバンド、プロコム・ハルムのデビュー曲「A Whiter Shade of Pale(邦題:青い影)」をもじったものと思われる】
 さて、以上で白の週は終わりだ。今後の「色の週間」で私は青、黒、赤を探求していくつもりだ。
 私は先週課せられた仕事をこなさなければならないが、それが済んだ頃に、また来週お会いできれば幸いだ。
 その時まで、自分の規則を対戦相手に押し付ける悦びを噛みしめているのを願いつつ。

――マーク・ローズウォーター

 ここに訳出した記事、『It’s Not Easy Being Green』は、タイ屋さんによって既に翻訳されています。http://web.archive.org/web/20090207140740/http://members.at.infoseek.co.jp/braingeyser/02/1112.html
 原文、翻訳ともに発表されてから長い年月が経っており、またカラーパイに関する文献も多くなったので、ここに新たに訳出するのも了承していただけるだろう、と期待して呈する限りです。

≪緑でいるのは楽じゃない――最も誤解された色≫
原題:It’s Not Easy Being Green ―― The most misunderstood color
Mark Rosewater
2002年10月21日
http://archive.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/daily/mr43
【ドラマ「セサミストリート」の挿入歌に「It’s not easy being green」というフレーズが出てくる】

 緑の週間へようこそ! この週で我々は、自然と成長の色を探求していくつもりだ。これは、兎にも角にも、マジックの色に専心する五回のテーマ週間の最初のものだ。今後の色の週間は今年の終わりから来年の初めにかけてお披露目する予定だ。
 過去のコラムで言及してきたように、リチャード・ガーフィールドがマジックというゲームを作った際の最も革新的な創造物、その一つはカラーホイールである、そう私は考えている。カラーホイールはゲームのフレーバーとメカニクスのそれぞれ全ての面を結び合わせるものだ。私にとってこれこそがマジックの核心だ。このような経緯で、どのようにカラーホイールが動作するかを理解するために、私は膨大な時間を費やしてきた。
 何ヶ月も前に私は『嫌悪は十二分:Hate Is Enough』という、なぜ色が互いに嫌悪するのかを説明する記事を書いた。これはカラーホイールの徹底的な洞察を紹介するものとしては私の最初の企画だった。今日もそういった紹介を、ある特定の色のフレーバーと哲学に焦点を絞ることによって続けていこうと思う。今日が緑の週間ということになっているのも、緑から始めるのが最良だと私は考えたからだ。

●ホイールは回り続ける
 二年ほど前、研究デザイン部はカラーホイールの研究のために、情報資源をまとめて整理することにした。我々は関係者全員を招集し、色とそれらの結びつきについて系統立てた研究を始めた。最初に我々が行なったのは五色それぞれを定義することだった。我々は以下のような問いを設定した。

・その色の関心事は何か? その色にとっての最終目標は何か?
・その目標に到達するために、その色はどんな手段を用いるか?
・その色の関心事は何か? その色が表象するものは何か?
・その色が軽蔑するものは何か? その色を否定的な方向に駆り立てるのは何か?
・その色が友好色を好み対抗色を嫌うのはなぜか?
・その色の最高の長所と最大の欠点は何か?

 この作業を補助するために、我々は研究デザイン部の壁の一つにカラーホイールを作り上げた。誰に対しても次のことが許可されていた、つまり、絵を切り取り、そのほとんどが個性【を表わす文字】だったが、それをホイールの中で属するに相応しいと感じる色へ貼り付けてみる、というものだ。十分な人数から異見が唱えられた際には、その絵は別の場所へ移された。この実習は非常に興味深く、いくつかの実例を後述するつもりだ。我々は色の定義の更なる改良を進め、総意を形成し始めた。そして我々は緑に関して重要なことを学んだ。それは、緑が理解するのに最も困難な色であるということだ。誰もが白や黒に関しては同一の平面に立っているように思えたが、緑については誰もが僅かに相異なる意見を持っていた。これが意味したのは、我々が緑を理解する際に一層多くの時間を費やしたという事情だが、ともあれ私は今日ここで我々の出した結論を君たちと共有しようと思う。

●その色の関心事は何か? その色にとっての最終目標は何か?
 各色の世界観はその色が最も価値を置くものから非常に重大な影響を受けている。緑が最も価値を置くものとは何か? 自然である。緑のものの観方によれば、世界はそれ自身を正しいものにしてきている。どんな躍動力【force】も、自然に勝って力強く、温和で、優雅なものはない。緑の最終目標は、ただ自然の筋書きを進展するがままにしておくことだ。緑は心の奥底から、心地好く腰を下ろし周りで生命が拡がっていくのを眺める、そのことだけを望んでいる。従って緑の究極の目標は成長ということになる。おそらく緑が最上の幸せを感じるは、自然が誰の干渉も受けずに拡大しているような世の中においてだろう。
 成長という主題は緑の至る所に悠々と力強く行き渡っている。緑は≪巨大化 / Giant Growth≫【インスタント。クリーチャー1体にターン終了時まで+3/+3修正】や≪踏み荒らし / Overrun≫【ソーサリー。自軍全体にターン終了時まで+3/+3修正とトランプル付与】といった呪文のように、一時的にクリーチャーを大きくする能力を持っている。長期でも緑は、≪激励の加護 / Invigorating Boon≫【エンチャント。サイクリングのたびにクリーチャー1体の上に+1/+1カウンターを乗せる】や≪捕食者の飢え / Predatory Hunger≫【オーラ。対戦相手が呪文を唱えるたびに+1/+1カウンターが乗る】のように、永続的にクリーチャーを大きくする呪文を数多く有している。加えて緑の成長は、≪カマールの召喚術 / Kamahl’s Summons≫【ソーサリー。手札から公開したクリーチャーカードの数だけ熊・トークンを出す】や≪ケンタウルスの地 / Centaur Glade≫【エンチャント。4マナ支払うごとにケンタウルス・トークンを出せる】などのトークン生成器にも見受けられる。また緑は≪マロー / Maro≫【パワーとタフネスが自分の手札の枚数に等しいクリーチャー】や≪土を食うもの / Terravore≫【パワーとタフネスが全墓地の土地の合計枚数に等しいクリーチャー】のような、時間が経つと勝手に成長するクリーチャーも多く有している。緑の成長は、プレイヤーが≪不屈の自然 / Rampant Growth≫【ソーサリー。ライブラリーから基本土地1枚を戦場に出す】や≪繁茂 / Wild Growth≫【オーラ。土地から追加の緑マナを得られる】などの呪文によって活用できる、土地やマナの量を加速させる能力の中にも見出すことができる。「成長 / growth」という用語が何度も出てきたことに気付いていただけただろうか? ゲームのメカニクスの面においては、緑は継続してより多くの資源を、つまりより多くの脅威を生産し、そのことによって対戦相手を屈服させるのだ。

●その目標に到達するために、その色はどんな手段を用いるか?
 緑にとっては不幸なことだが、全員がこの価値観を共有しているわけではない。そこで緑は、自然のあり方を守ることを自らの使命とするのだ。緑はこれを成し遂げるために自然の畏敬に満ちた力を、つまり原初の魔力とクリーチャーの群れの両方を獲得する。緑は自然の擁護者としての役割を高く評価する。従って緑が大きく信頼を寄せるものの中には、本能【あるいは直観】と、自然に見出される共生と、この二つが含まれている。これらのため、緑を予測することは困難になり、一方で緑は対戦相手を数の面で圧倒することが可能になる、というわけだ。
 この原理こそ、緑が「クリーチャーの色」であることの所以だ。これはゲームの多くの点に反映されている。第一に、緑は他のどの色よりも多くのクリーチャーを有している。オンスロートのコモンを見れば了解していただけるだろう。緑は実に16体のクリーチャーを有している。白は13体、黒は12体、青は11体、そして赤は10体だ。加えて、緑は特にコモンにおいて、比較的大きなクリーチャーを有している。そして最も重要なのは、マナの観点から見て最も効率の良いクリーチャーを緑が持っている、ということだ。一般的に、注ぎ込んだマナ以上のものを緑のクリーチャーから得ることができる。

●その色の関心事は何か? その色が表象するものは何か?
 緑は理想のために戦うのではなく、むしろ生命のあり方のために戦う。ここから緑が最も精神的な色であるということが導かれてくる。とはいえ最も宗教的というわけではない、その点では緑は白に譲っている。緑は個人よりも有機的構造の重要性の方を強調する。白の秩序と赤の混沌の間で均衡を取って、緑は自然の二元性を抱き止めるのだ。ある時には自然は物腰穏やかで愛に満ちている。別のある時には自然は獰猛で有害である。他のどの色も世界を変革させようと戦っているが、緑は世界を同質に維持するために戦っている。
 緑は次のものを表象している。生命(誕生)、成長、自然、実在(錯覚に対応する)、共同体、相互依存、精神主義、本能、動物。

●その色が軽蔑するものは何か? その色を否定的な方向に駆り立てるのは何か?
 緑は自然や自然のあり方を尊重しない者を看過することは決してしない。緑はそういったゴロツキを危険なものと見なし、彼らを打ち滅ぼそうと試みるだろう。もし君が緑と共にあろうとしないなら、君は緑と対立することになる。緑は貴重な友人だが、それより危険な敵対者でさえもある。緑は自分の主義主張を深く信じているもので、一切の慈愛を見せないだろう。
 不自然なものに対するこのような嫌悪は、緑のアーティファクトに対する憎悪がよって来たるところだ。これはまさに、我々のカラーホイールの研究を通じて生じた最も重要な移行の一つである。青緑の対立を吟味した際に、人工的なものに対する憎悪を緑に設定することによって、我々はいかにその輪郭が明瞭に定義されるか理解できたのだ。オンスロートの≪帰化 / Naturalize≫【インスタント。アーティファクトかエンチャント1つを破壊。かつては白い呪文だった】は、緑をアーティファクト破壊の中心にするための最初の移動だと言える。過去においても緑はアーティファクトを嫌っていたが、それは常に白と赤の後ろに続く三番手として位置づけられていた。これはまさに変わりつつある。緑はフレーバーの面で常に有してきた役割を、メカニクスの面でも果たすようになるだろう。もし君が何か人工的なものを作り出せば、緑がそれを破壊するだろう。
 またぞろ白を弱体化させるというのか、と感じる読者のために急いで書き加えておくが、カラーパイの再編は長期に渡って徐々に展開される過程として考えられている。総体的な苦心の成果をただ単一の【アーティファクト破壊という役割の】移行だけを見て評価するのは、甚だ不当だと言えよう。最後に訪れる結果は、各色にとって夕刻時【つまり一時代の終わり】であるはずだ。白と赤は現時点では低く、青と黒は現時点では高い。信頼していただく他ないのだが、最終的にはこれは全て均一化される。我々はどの色に対しても有用性を切り捨てようとは考えていない。また私が思うに重要なのは、これらの変更が軽率に行なわれているのでは決してないと強調しておくことだろう。我々はこれを適切に遂行するために多大な時間を費やしている最中にある。アーティファクトへの憎悪を緑へと移行する前に我々がいかに多くの労力を支払ったか、本日のコラムがそれを示す一助となることを願うばかりだ。

●その色が友好色を好み対抗色を嫌うのはなぜか?
 白について緑は、集団の重要性を理解する友好色の姿を見出す。大局的な構想は諸個人の命運よりも重要だということだ。また白は非常に平和的で生命に友好的な態度を有しており、このことが緑との関係を取り持っている。
 赤について緑は、本能の重要性を理解する友好色の姿を見出す、もっとも赤はかなり情動に重きを置いているようだが。緑と同様に赤は、言葉が間に合わない状況で行動が必要とされる状況、そういう瞬間を察知できるような野生の一面を持ち合わせている。赤の持つ破壊的な要素にもまた、緑と通じ合うものがある。
 青について緑は、自然の価値を尊重しない対抗色の姿を見出す。青の願望は、自然の全てを取り壊し、自身の人工的な世界を建設することだ。青は本能の重要性に対していささかの敬意を払わず、感情という腹からの声よりも知識の方を重んじることを選んでいる。青は常に冷淡で非人間的な未来を思い描き、過去の温かさを見捨てている。青が緑を破壊する前に、緑は先手を打って青を破壊しなければならない。
 黒について緑は、非常に自分勝手な色の姿を見出す。緑は生命の循環の重要性を理解している。すなわち死の役割にも畏敬の念を抱いている。その一方で黒は、自分自身の目的のために、死を自然に逆らって道具として利用する。もし緑が自然を守るつもりならば、黒がその捩じれた行動計画のために生きとし生けるもの全てを轢き殺す、その前に黒を止めなければならない。

●その色の最高の長所と最大の欠点は何か?
 緑は大地に遍く結びつくことで、呼び出して指揮することが意のままであるクリーチャーの大軍を擁している。もし緑が希えば原初の魔力はそれを聞き入れるだろう。緑の生命のあり方の負の側面は、危険を正確に察知することが自分の本能に完全に依拠している、ということだ。緑は性根からして他者を信じて疑わない。猫を被ることで緑の敵は、この純真さを自分の目的のために利用しうるのだ。
 このことが緑の最大の欠点へと、つまり生物への干渉が不可能であることへと発展していく。緑は人工的な物体を破壊することに何の躊躇も持たない。緑がアーティファクトやエンチャントを薙ぎ払うのは妥当だろう。土地を破壊することによって、対戦相手とマナの結びつきを引き裂くことさえ可能だろう。しかしながら緑は、対戦相手のクリーチャーを破壊する気にはどうしてもなれない。少数の例外はあるものの、概して緑は他の生き物を殺そうとはしないものだ。

●小さな緑の連中【Little Green Guys:異星人の典型的な描かれ方】
 私は先ほど研究デザイン部の切って貼り付けるカラーホイールについて言及した。この記事の結びとして、自然の「緑」であると我々が最初に判断した何人かの登場人物を紹介しようと思う。つまりここでの発想は、仮に我々が以下の登場人物でマジックのカードを作るとするならば、それらは緑になるだろう、というものだ。
 キング・コング【King Kong:同名のアメリカの特撮映画のキャラクター】――これは単純明快だ。本能的な欲求に駆られた巨大な類人猿だ。
 ゴジラ【Godzilla:ビキニ環礁での核実験から着想を得られた、和製キング・コング】――キング・コングと基本的な発想は同じだ。
 ターザン【Tarzan:バローズの長編小説の主人公】――猿に育てられた男。ジャングルの王者である彼は、版図を動物の友人たちと共に守る。
 スワンプ・シング【Swamp Thing:DCコミック社の出す同名の漫画作品のキャラクター】――自然の精霊であり、この自然を超越した生物が自然界の秩序を守っている。あぁそうだ、彼の身体は植物でできている。
 クマのプーさん【Winnie the Pooh:ミルンの児童小説のキャラクター】――手始めに、彼は熊だ。そして彼は胃袋を満たそうという絶え間ない願望に駆り立てられている。
 ウルヴァリン【Wolverine:Xメンシリーズ等に登場するマーベルコミックスのキャラクター】――野性的な登場人物であり、本能的に高く機能する研ぎ澄まされた五感を備える。彼はしばしば狂戦士の怒りに転じることで知られている。彼は動物の名【wolverineはクズリの意】をも持つ。
 吸血鬼狩りのバフィー【Buffy the Vampire Slayer:アメリカのホームドラマのヒロイン。邦題『バフィー~恋する十字架~』】――特別な超自然の力を吹き込まれた「選ばれし者」。バフィーは獲物を探し夜中に徘徊する狩猟者だ。彼女の動物的な側面は、監視者の評議会という非常に白な組織によって課せられた厳格な規則と相まって、絶えず彼女自身に揺さぶりをかけている。

●わが谷は緑なりき【How Green Was My Valley:アメリカの映画】
 さて、以上が緑に関して私が言うべきだったものだ。今後のテーマ週間でも他の四色のフレーバーや哲学を探求していくつもりだ。
 もし来週も参加していただければ、研究デザイン部での作業で気に入った瞬間をいくつか紹介できることと思う。
 その時まで、緑のクリーチャーの大軍で対戦相手を≪踏み荒らし≫する喜びを噛みしめているのを願いつつ。

――マーク・ローズウォーター

 昔の雰囲気のCGでないイラストに回帰したエキスパンションとか、その回だけ変則枠として旧枠カードが入ってるエキスパンションとか、そういうのがあったら良いのになぁ……作られないんだろうなぁ……

≪嫌悪は十二分――色が衝突する理由≫
原題:Hate is Enough ―― Why colors clash
Mark Rosewater, R&D Senior Designer
2002年2月19日
http://archive.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtgcom/feature/14

 皆が仲良く折り合っていけないのはなぜだろうか?
 その答えはカラーホイールに眠っている。そう、カラーホイールだ。多くの人々はリチャード・ガーフィールドの、マジックの基本的なメカニクスという非凡な才能の発現を高く評価している、だが彼のもう一つの発明は、あまり注目を寄せていない、しかし同等に重要なものなのだが、それがカラーホイールだ。カラーホイールはゲームのフレーバーの源泉であるだけでなく、そのメカニクスの源泉でもある。カラーホイールを取り扱うのに膨大な時間を費やしてきた者の一人である私は――私は研究デザイン部ではフレーバー・グルとして通っている、つまりルール・グルの一員でありながらフレーバーにも携わっている――それを深く学べば学ぶほど、より強い感銘を受けたのだ。
 研究デザイン部の知的財産管理者テイラー・ビールマンには、私マークがカラーホイールを張り広げる際に有用な手助けを行なっていただいた。
 ではなぜ色は互いに憎みあうのか? 喜ばしいことに、君たちからこの問いかけを受け取ることができた。以下では手短にゲームに存在する基本的な五つの対立を示していく。

●白と黒
・道徳と超道徳(またの名を善良と邪悪)

 白は一対の【善悪という】道徳的な規則の存在を堅硬に信じている、だが黒はそうではない。白の目には、黒は邪悪に映る。黒の目には、白は阿呆に映る。白が信じる限りでは、黒を打ちのめすことは白に課せられた道徳的義務である。黒が信じる限りでは、黒を打ちのめそうと欲するあらゆるもの、また黒を邪魔するあらゆるもの、これらを打ちのめすことが黒に課せられた責務である。
・光と闇(昼と夜)
 白は開放的で、誠実で、率直だ。白は自分の規則を全員に見えるように――そしてもちろん、全員が遵守するように――顕示するのを好む。対して黒は機密を好む。黒は行動計画を持っている。白は日中の光を味わい、黒は夜中の闇を味わう。白は光を使って黒の邪悪を照らし出そうとし、黒は闇を使って白の純真を堕落させようとする。
・集団の利益と個人の利益
 白は集団を貴び、黒は個人を貴ぶ。白の規則は、つまり白が法律と呼ぶものは、集団の重要性を個人の重要性よりも上位に置いている、だが黒は自分自身のみを気に掛ける。白は純真な者を保護するために、黒にも白の法律を課そうと試みるはずだ。黒は個人の――換言すれば自身の――権利を守るために、それらの法律に反発するだろう。

●緑と黒
・生と死

 緑は自然の筋書きに従事している。黒は自分の筋書きに従事している。緑の信仰は、皆が自然から一歩退き、自然がありのままに事を成すようにしておくべきだ、というものだが、それに反して黒の信仰は、黒は一歩踏み込み、自分が望むような筋書きで物事が起きるように手配する必要がある、というものだ。緑は他のいかなる躍動力【force】も生命より強大で貴重なものはない、と確信しているが、黒は死が生を易々と蹂躙する、と確信している。死こそが本源的な権力である。死を利用することで、黒は自分の願うような形に世界を作り変えることが可能となるのだ。
・成長と腐敗
 緑が欲するのは生物がその潜在性を実現することだ、そして緑の信仰においては成長を通じることによってのみ、世界の潜在性が余すところなく達成させられるのである。しかしながら黒は潜在性というものに対して、軽蔑と嘲りの言葉を容赦なく浴びせつける。例えば死んだ生き物には、もはや潜在性など残っていないだろう、と。それはゾンビの種にする他はない、と。
・共生と寄生
 緑は生物が調和の中で、それも食物連鎖が可能とする限りの調和の中で、共に生存することを望んでいる。黒は自分の足元に生物が跪き、彼らが黒の命令に従うことを望んでいる。緑は次のような確然的信仰を抱いている、すなわちそれは、全ての生きとし生けるものには相互結合があり、そしてこの相互結合からこそ自然の真の権威は生じてくる、というものだ。黒は全ての生物を、自分が渇望してやまない権力を手に入れるための道具、そういった道具の一つとしてしか見ていない。

●緑と青
・天性と養成

 緑の信じるところによると、個人は大切な資質を全て備えた状態で生まれてくる、しかし青のそれによると、個人は白地の石版【slate:粘板岩】であり、形作られたり鍛錬されたりすることができるものである。緑が励むのは、各々の生物の内に秘められている潜在能力を見つけることだ、つまり、長所は内側から芽生えてくるものだ。青の考えは、潜在能力は作られるというものだ、言い換えれば、どんな生物も訓練や教育や変化を受けることが可能であり、そうすることでその生物は青が欲するような別のものになれるのだ。
・自然のままの成長と人為による成長
 緑が重視するのは自然と、自然のままの成長であり、対して青が重視するのは、発展と、人為による成長である。緑が注視するのは自然界であり、瞳に映すのは生命の本質である。青が注視し瞳に映すのは、最新の実験に活用する分には充分円熟した、一連の天然資源である。緑が願うのは、自然が手にかけられないようにあらゆる脅威を排除することだが、更なる進歩を求めている青は、自然の最大の敵だと言える。
・実在と錯覚
 緑が価値を見出すのは、存在するものである、そして青が価値を見出すのは、存在しうるものである。緑の強みは、全ての生物の価値を認識できる能力の上に存している。青の強みは、知覚を理解できる能力の中に眠っている。緑は君たちの知るものを携えて脅威となり、青は君たちの知らないものを用いて脅威となる。

●青と赤
・知性と感情

 青は知性を大事に抱え込み、赤は感情を大切に抱き込む。勝利の秘訣は知識だと青は確信する。勝利の秘訣は情熱だと赤は確信する。青は行動を起こす前に思索するが、赤は速やかに行動に移る。
・思考と行動(冷血と熱血)
 青には冷淡さが、思考に付き物のよそよそしさから生じたものが、備わっている。赤には熱気が、行動の際の激情に伴って出てくるものが、備わっている。青は構想を立てる。赤は行動を起こす。青は計画を練る。赤は現状を穿つ。青は将来を予期する。赤は障害を破砕する。
・慎重と衝動
 青は、急いては事を仕損じると考える。赤は、心の声に背くことが失敗に繋がると考える。青は座して研究するが、赤は突撃し殺していく。青は赤のことを制御されるべき危険物だと考え、赤は青のことを滅ぼすべき脅威だと考える。

●白と赤
・秩序と混沌

 白は規則の重要性に強い価値を置いている。赤は規則を嫌悪している、赤はまさに自由であることを望んでいるからだ。白は生物が小奇麗に秩序正しくあることを望んでいるが、赤は生物が泥臭く乱雑にあることを好んでいる。白の信仰から見れば、無政府状態を避けるために赤は統治される必要があり、対して赤の信仰から見れば、国家全体主義【fascism:ファシズム】を避けるために白は廃止される必要がある。
・防御と攻撃
 白は最善の攻撃は優良な防御であると考える。赤はそのようには考えない、赤は物事を打ち砕くのが好きだからだ。白は防衛の必要性を感じ取る。赤は破壊の必要性を感じ取る。確然的に明らかに、これら二つの行動計画は衝突に向かう。
・全体計略と自由意志
 白の信仰では、規則は常に有用である。戦闘に対して適応されてはならない特別な理由など存在しない。赤はそこまで考える必要性を感じていない。このこと【考える必要性を感じないこと】はまさに心の衝動に相応しいと言えよう。

 ここまで見てきたように、どの色も他のいずれかを憎むのに妥当な理由を持っている。この記事からマジックにおける色の深さを感じ取っていただければ幸いだ。チャンネルは MagicTheGathering.com に合わせたままでよろしく――マジックのフレーバーの込み入った部分に関して、これからも記事やコラムを掲載していくつもりだ。

――マーク・ローズウォーター

 初投稿です。
 よろしくお願いします。
 色の哲学についての記事を翻訳していきます。
 公式や草の根で既に訳出されているものもありますが、原文が発表されてから随分と年月が経っていることもあり、おそらく翻訳家諸兄、ここに新たに拙い訳を呈するのをもう了承してくださるだろう、と期待し訳出していきます。

≪抄訳:メカニクス、フレーバー、カラーパイ――MTG Salvation Wikiより≫
【本稿は次の記事の訳出である。
http://mtgsalvation.gamepedia.com/Mechanic
http://mtgsalvation.gamepedia.com/Flavor
http://mtgsalvation.gamepedia.com/Color_Pieの中の「3:白」の直前の「概要」「1:表象と意味」「2:個人主義とカラーパイ」】

●メカニクス【mechanics:一般的な英単語としては設計工を指すが、MTGの記事では公式で訳されるところのメカニズムを指す。草の根翻訳もメカニズム、メカニック、機能、メカニクスと判断が分かれるようである。このブログでは、mechanicsは有機的な仕掛けや機械主義や機械論を連想するmechanismとは明確に区別された概念なので、メカニズムと訳出することは避けた。機能という訳語は意味的に適正であると見えるが、「ここで言うmechanicsはフレーバーと双璧を成すものであり、MTGのデザインに固有の概念である」という特殊性を重要視し、機能という日常的に馴染みのある単語は避けることにした。英文では単数形a mechanicと複数形mechanicsの区別がなされているが、文脈で特に単一性や個別性が強調されていない限り、両方ともメカニクスと訳出することとした。もしこの区別を訳出するならば、メカニックとメカニクスとするのが良いと訳者は考える。】
 メカニクスは、複数のカード同士で作用しうるカードの能力である。メカニクスという単語は総合ルールには存在せず、デザイン上の概念として存在するだけである。
 メカニクスは以下のように分類できる。
 キーワード能力【keyword ability】――ルールテキストに書かれた語句の中で、能力を簡潔に表わすもの。常磐木能力【飛行、速攻、先制攻撃、トランプル、警戒、到達、など】を除いて、注釈文が添えられる。【他には装備、続唱、ストームなど。】
 キーワード処理【keyword action】――ルールの上で特別な意味を持つ動詞。その行為内容が要約された注釈文が添えられることもある。【破壊する、打ち消す、唱える、捨てる、生け贄に捧げる、公開する、占術を行なう、変身させる、増殖を行なう、など。】
 能力語【ability word】――共通の機能を持つカードを見分けるための語句で、ルール上は意味を持たない。【すなわちテキストから能力語を削除しても、ゲームの進行に必要なルール文章が成立する。スレッショルド、刻印、金属術、上陸、など。】
 明確に分類されていないメカニクス――廃語となったキーワード【生息条件、実存、埋葬、など】、銀枠のキーワード【超速攻、ゴチ、など】、キーワードでないメカニクス【リスティック、ハイフライング、スーパートランプル、休眠エンチャント、明滅、など】、メカニクスを口頭で表わす俗語【バウンス、ピッチスペル、キャントリップ、ルーター、など】、総合ルールで明確に分類されていないメカニクス【例えば「性質」、英語版ではattributesという語句そのものは、総合ルールでは明示されていない】。

●フレーバー
 フレーバーはマジックのゲームに関して、ある種の印象、あるいは一つの世界を創造したり物語を添えたりしようとする意思、それらを喚起させるための概念である。これを通じてゲームや各々のカードおよび商品に独特で個性的な性質が付与されている。フレーバーが現象するのは、イラスト、フレーバーテキスト、カードの表側、その他視覚的な情報といったカードの機能に関わらない部分においてであるが、市場、ウェブでの扱われ方、書籍などゲーム外での情報においてもまた現象する。

●カラーパイ:概要
「カラーパイ」および「カラーホイール」はマジックにおける色とそのメカニクスの表象【representation:本質や正体が見た目に化けて出たもの】であり、ウィザーズ社がMTGのゲーム内でメカニクスを分類する手段である。加えて、各色の背後にある哲学に区別を設けるものでもある。カラーパイは簡略な手段と言える。各色の営みに馴染みの薄いプレイヤーにとって、色の哲学や長所と短所の外層を把握する際に役立つものになるだろう。しかしながら各色の心髄は、ゲームの中だけでなく、デザイナーであるマーク・ローズウォーターが読者に宛てた記事の中にも展開されている。同時にマジックの小説が、以下のように認識されていることも考慮すべき重大な側面だ。それは、小説が読者やプレイヤーに、特定の色やその組み合わせを的確に人格に表現しているような登場人物へと熱烈な視線や見識を向けるようにさせてきた、という認識だ。

●カラーパイ:表象と意味
 カラーパイは各色の象徴を円形に並べた図形として描かれる。例を挙げるとマジックの各カードの裏面は、色のジェムが輪を描くように並んでいるという形で、カラーホイールという表象を大々的に示している。色の順序は常に同じで、時計回りに白、青、黒、赤、緑だ。このカラーホイールの並びそのものは、色の哲学の具体的な中身に関しては何も教えないが、これによって各色が他の色とどのように影響し合うかを容易に覚えることができる。この輪の並び方において、互いに隣り合った色は友好関係と呼ばれ、互いに接していない色は対抗関係と呼ばれる。例えば白は、緑と青とは友好関係にあり、黒と赤とは対抗関係にある。
 個々のブロックやセットは対抗色の互いに作用し合う関係を詳らかにしてきたが、各色は友好色と提携し対抗色と敵対することが圧倒的に多いと言える。とりわけ友好関係の二色が共通の対抗色に対峙する場合に顕著である。ブロックには最低一つの色対策カードのサイクルが収録されるのが通例となっている。各色は、対抗する二色へ同時に対策できるカード、あるいは対抗色やその基本土地に対して劇的な効果をもたらすカード、これらのいずれかを有しているだろう。例えばコールドスナップには、≪発光 / Luminesce≫【白のインスタント。ターン中の黒と赤のダメージを軽減】、≪瞬間凍結 / Flashfreeze≫【青のインスタント。赤か緑のクリーチャー呪文を打ち消す】、≪死の印 / Deathmark≫【黒のソーサリー。白か緑のクリーチャー1体を破壊する】、≪氷結地獄 / Cryoclasm≫【赤のソーサリー。平地か島を1つ破壊し、コントローラーにダメージ】、≪カープルーザンの徘徊者 / Karplusan Strider≫【緑のクリーチャー。青や黒の呪文の対象にならない】というサイクルが収録され、これらは第十版にも再録された。対照的に、非常に稀ではあるが、例えば≪グリッサの急使 / Glissa’s Courier≫【緑のクリーチャー。山渡りを持つ】のような、友好色に害をもたらすようなカードが作られることもある。

●カラーパイ:個人主義とカラーパイ
 いかなる個々人も、たとえ彼らが他の同朋から切り離されたとしても、入念に観察されることでその色やギルドと同類の特徴が見出されるはずだ。もっともそれは、より小さくより現実的な規模ではあるだろうが。この【MTG Salvation Wikiのカラーパイの】記事で最初に取り上げられる色を例に取って見ると、集団としての白は、平和、調和、そして世界の団結のために邁進している。だが秩序正しい個人や市民としての白にとっては、それらの最終的な目的は彼らの日々の生活にとってあまりにも大き過ぎる話である。彼らはこういった解釈を容易に受け容れる【身の丈を弁えている、とも言える】。この集団と個人の差異を今一度はっきりさせるならば、白の集団は秩序や倫理に強い確信を抱くだろうし、規則や条例や法律を定めることでその信念を推し進めようとするはずである。しかし白の個人はもっと小さな規模で事を為すだろう、家族との夕食の席でテレビを点けないことが望ましいと考えるように、夕食のエチケットや上品なマナーに価値を置くといった感じに、である。白の集団は手に負えないような煩わしい個人を追放しうるが、白の個人は独力でそのようなことを成し遂げるに十分な力を兼ね備えてはいないのである。≪正義の凝視 / Gaze of Justice≫【クリーチャー1体を追放する白のソーサリー除去。追加コストとして白クリーチャー3体のタップが要求される】はこれを完璧に表象するカードだと言えよう。
 もっとも、登場人物の個性の決定は、ある種の指針と規則に基づいて行なわれている。
 第一の指針は、弾力的で融通の利く五つの特徴だ。とはいえ、ある一つの色に際立って現れつつも、それらの特徴自体は全ての色の人物に見出されるのだが。それら五つの特徴は次のようなものだ。白の組織体、青の知性、黒の利己心、赤の感情、緑の本能、これらである。組織に組み込まれた人物は自動的に白である、というわけではない。だが、組織に価値を見出すような人物は白かもしれない、ということだ。参照していくと、黒赤では≪虚空 / Void≫【黒赤のソーサリー。選んだ数字一つに等しい点数で見たパーマネントを破壊し、さらに手札破壊まで行なう】のような算術的に設計された除去や、効率の良いマナコストの単体除去である≪終止 / Terminate≫【黒赤のインスタント。対象の色の制限を問わない単体クリーチャー除去】といった事例で、組織の兆候や色合いが示されている。緑白の利己心【self-concern】は≪勇士の再会 / Heroes’ Reunion≫【緑白のインスタント。7点ライフ回復】のようなライフ獲得という形で現れるが、このことで緑白が自己中心的【selfish】だということにはならない。どちらかと言えば、ある人物が自己中心的であるのは、その人が自分の権威や力を研ぎ澄ましているからだ。本能は非人工的な形態を取るあらゆる生命にとって不可避なものであり、吸血鬼でさえも彼らの天性の渇きを満たすために獲物を調達しなければならない。魔術師は空腹では学ぶに学べないし、また異性に惹きつけられさえもする。これらは自然に備わる意思だが、このことで吸血鬼や魔術師が緑とされるわけではない。これらそれぞれの特徴に価値を見出すかどうかが色の個性を定義するのであって、特徴が色に見出されるかどうかが定義するのではない。換言すれば、ある特徴がある色に表出していることを重大事として扱うべきではないのだ。
 第二の規則は、影響力【influences:影響を及ぼす人や物事】を考慮しなければならない、というものだ。もしある人物が黒の人物とともに長い時間を過ごせば、その人はおそらく、自己中心的だったり黒に率直だったりと見なされるような、そういった振る舞いをするようになるだろう。だがこのことはその人を黒に分類する根拠にはならない、というのも、その人は周囲への同調を強いる圧力を感じて内心では苛まれているかもしれないし、道徳的な視野を見失ってしまったりあるいは見失いつつあったりするかもしれないし、自分がしていることを完全には自覚していないのかもしれないし、はたまた今までの価値観を再考して色を替えるか否かを決断する過程にあるのかもしれない、そういった不確定の事情があるからだ。また、影響力は血統、人種、職業からももたらされる。ここにアゾリウス評議会のゴブリンという登場人物を例に挙げると、このゴブリンはおそらく青白であるだろうが、その行為、言葉、反応、思考の表層部分に赤の影響が浮かび上がってくる可能性も高いと思われる。概して、敵対する影響力が現れる際、その影響力が供するのは他の色の特徴を薄めることだけである。例えば黒赤の人物が白の影響力に接した場合、その人物は幾分か緩和された黒赤の個性を持つ者になるだろう、ということだ。

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